Primary health care is the foundation of universal health coverage. It is an approach that embraces all of society for better health and wellbeing, centred on the needs and preferences of individuals, families and communities. It focuses on the essential package of care needed for physical, mental and social health and wellbeing, from promotion of health and prevention of disease and ill health, to treatment, rehabilitation and end-of-life care, in accessible settings where people live or work.


 パニック障害が治療対象となったのは1980年代以降です。それまで強烈な不安が、動悸や呼吸困難感とともに襲って来ることがあり、耐え難いものであることは、あまり認められていませんでした。生涯でパニック発作を経験する人は、全人口の数十%に達すると言われて居ますが、「心臓の病気かと思って病院に行ったけど、気のせいだった」などと、振り返って多くは笑い話になってしまいます。しかし、その時の不安は強烈で、なかなか制御困難であると言われています。パニックと診断されるのは少し抵抗があって、「アナライズ・ミー」というロバート・デニーロの喜劇映画がありますが、この中で「あんたは単にパニックなんだ」と軽く告知した医師に、「俺がパニックだと!」と激怒したマフィアのボスであるデニーロが襲いかかるシーンがあります。体験する本人には深刻な問題なので、丁寧に説明する必要があります。
Japan’s experiences in UHC and primary health care hold many lessons for other countries. From the 1950s to 1970s, Japan invested in controlling communicable diseases and preventing non-communicable diseases. In 1961, the country demonstrated its commitment to equity and access to healthcare by instituting a comprehensive health insurance programme. Japan also understood that involving sectors beyond health were critical for improving health outcomes. These investments have paid off, greatly contributing to the country’s economic vitality today.
 躁うつ病という病気は直接「死」につながる病気ではありません。人一倍働くこともできるし、人の何倍もの早さで人を好きになることだってできる、また激しく落ち込んだり、動けなくなってどん底にいてもやがて波が来てすくいあげてくれる時がくる、そんな不思議な病気なのです。だれにも信用されなくて、元気でいるかと思えば、戸を閉めたまま眠っている、失くした信用は、一生かかっても取り戻せないかもしれないけれど・・・特に身内の場合の信用は尚のこと・・・(金銭面で躁状態の時に何度も派手になっているので)それでも私はここまで病気とつきあっていると、こんな病気でも嫌いになれないのです。躁うつ病はもう今では私の身体の一部です。個性とか自我の様なものが人間にあるとしたら、私の場合、躁うつ病も含めて私の個性だと思いたいです。死んでも死にきれないし、治りたくてもどこまでも私にくっついて離れないのだから一緒にいるしか、一緒に生きていくしかないように思います。
大学卒業後、現在の会社に入社しました。最初は、会社生活になかなかなじめませんでしたが、こつこつと努力を積み重ねた私の仕事ぶりは、いつのまにか認められるようになり、仕事に大きな自信が持てるようになっていきました。係長に昇格した翌年、結婚しました。すべてが順調に回転していた時期でした。しかし、周囲の期待に応えようと、日々全力投球で仕事に没頭し、以降うつ病で倒れるまで、深夜残業、休日出勤が続きました。家庭生活では、妻が近くに住む嫁姑問題が原因で、不安神経症となり、精神科に通院するようになりました。1年間程、妻はひきこもり状態になりました。悪いことは重なるもので、不況から会社の業績は急激に悪化してきました。仕事は更に激しさを増し、職場は戦場と化し、それと妻の看病、家事。私はフラフラの兵士でした。この頃、自分の精神状態がおかしいことに気づき、妻の病気の関係上、多少知識がありましたので、これは、うつ病だと思い、迷わず精神科に行きました。結果はやはりうつ病でした。医師からはしばらく会社を休むように勧められましたが、会社は、長期の休みを言い出す雰囲気ではありませんでした。また人事異動で上司が変わり、その上司との人間関係にも悩み、自分はだんだんと追い詰められていきました。ついに会社の事務所で倒れ、以降数ヶ月間会社を休み、また嫁姑との更なる関係悪化から、妻が突然、家を出て行き別居生活にはいりました。私がうつ病ではなかったら、妻と母親との間に入り別居、そして離婚という事態には至らなかったかもしれません。
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