本レビューに、24,308例の参加者を対象にした79件のRCT(関連性のある比較90件)を選択した。バイアスリスクの点で研究は多様であった。 主要解析の結果、Collaborative careモデルを用いて治療を受けた成人うつ病患者のうつ病アウトカムは、短期(SMD -0.34、95%CI -0.41~-0.27;RR 1.32、95%CI 1.22~1.43)、中期(SMD -0.28、95%CI -0.41~-0.15;RR 1.31、95%CI 1.17~1.48)、長期(SMD -0.35、95%CI -0.46~-0.24;RR 1.29、95%CI 1.18~1.41)いずれにおいても、有意な改善がみとめられた。しかし、これらの有意な有益性は、超長期では示されなかった(RR 1.12、95%CI 0.98~1.27)。 また、Collaborative careモデルによる治療を受けた成人不安障害患者の不安アウトカムにおいても、短期(SMD -0.30、95%CI -0.44~-0.17;RR 1.50、95%CI 1.21~1.87)、中期(SMD -0.33、95%CI -0.47~-0.19;RR 1.41、95%CI 1.18~1.69)、長期(SMD -0.20、95%CI -0.34~-0.06;RR 1.26、95%CI 1.11~1.42)で、有意な改善が示された。超長期の不安アウトカムに対する本介入の効果を検討した比較はなかった。 薬剤使用、精神保健上の生活の質、患者満足度などの副次アウトカムにおいて有益であるというエビデンスがみられたが、身体的生活の質に対する有益性のエビデンスはみられなかった。
^ “DNA Methylation Profiles of the Brain-Derived Neurotrophic Factor (BDNF) Gene as a Potent Diagnostic Biomarker in Major Depression author=Manabu Fuchikami, Shigeru Morinobu, Masahiro Segawa, Yasumasa Okamoto, Shigeto Yamawaki, Norio Ozaki, Takeshi Inoue, Ichiro Kusumi, Tsukasa Koyama, Kounosuke Tsuchiyama, Takeshi Terao”. PLoS ONE. (2011-08-30). doi:10.1371/journal.pone.0023881.
私のうつ病歴は27年にも及びました。結婚5年目でやっと恵まれた子どもの産褥期から始まりました。日常の生活が夢の中で見ているような現実感のないものに感じられ、頭がボンヤリとして考えがまとまらない、体に鉛が入ったように重くて動きが辛い、「頑張らないと!頑張らないと!!」と自らの気持ちを持ち上げ、家事と育児をやっとの思いでこなす日が続き、ある朝、突然起き上がれなくなりました。近くの大学病院でいくつかの科の診察を受けた後、精神科で「大うつ病」と診断を受けました。当時のうつ病の治療は①処方された薬をきちんと飲むこと、②体調が悪い時は十分に休養すること、③薬を長く飲み続けることで病相が抑えられる、ということで、私はよくなりたい一心で真面目に治療を受けてきましたが、それでも1年の1/4ほどうつ症状が出て、日常生活が困難になることに疲れ果て、医療が信じられなくなり、民間療法の数々を試し、2年前に断薬に辿り着いたものの、この間の体調の悪さが「もう一度きちんとした診断を受けて、薬物療法だけに頼らない治療を受けよう」という冷静な判断を導いてくれ、慈恵医大で森田療法を受けようと迷わず思いました。

^ ”Step 3: persistent subthreshold depressive symptoms or mild to moderate depression with inadequate response to initial interventions, and moderate and severe depression - For people with moderate or severe depression, provide a combination of antidepressant medication and a high-intensity psychological intervention (CBT or IPT).” (英国国立医療技術評価機構 2009b, Chapt.1.5.1.2)


まず一つめの「今を生きる」ですが、森田先生が、しばしば引用されている達磨大師のことば、『前を謀らず後ろを慮らず』という言葉がありますが、これは「今を生きる」ということです。人間死ぬまで、当たり前のことですが、自分の思い通りには生きられません。この当たり前のことを私は傲慢にも自分だけは、自分の描いた理想通りに生きたい、一生懸命に努力さえすれば、それは可能だと考えておりました。たった一度の自分の人生だから、必ず私は自分の夢を手に入れたいと願望していました。言葉を変えれば、完全主義の人生を歩みたいと願っておりました。なんて私は馬鹿なことを考えていたのでしょう。そのために自分の理想ばかりに、とらわれ、もがき苦しんできたのです。将来なんて誰にもわかりませんし、何が起こるかなんて予想出来ません。自分の理想の将来なんてことを考えてばかりいたら、おかしくなるのは当然です。それよりも今、自分のできることに着実に取り組み、また完全主義にとらわれず、70%主義で生きることを心がけております。
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 躁うつ病という病気は直接「死」につながる病気ではありません。人一倍働くこともできるし、人の何倍もの早さで人を好きになることだってできる、また激しく落ち込んだり、動けなくなってどん底にいてもやがて波が来てすくいあげてくれる時がくる、そんな不思議な病気なのです。だれにも信用されなくて、元気でいるかと思えば、戸を閉めたまま眠っている、失くした信用は、一生かかっても取り戻せないかもしれないけれど・・・特に身内の場合の信用は尚のこと・・・(金銭面で躁状態の時に何度も派手になっているので)それでも私はここまで病気とつきあっていると、こんな病気でも嫌いになれないのです。躁うつ病はもう今では私の身体の一部です。個性とか自我の様なものが人間にあるとしたら、私の場合、躁うつ病も含めて私の個性だと思いたいです。死んでも死にきれないし、治りたくてもどこまでも私にくっついて離れないのだから一緒にいるしか、一緒に生きていくしかないように思います。
On February 11 2019, the WHO Kobe Centre, along with the Hyogo Prefectural Board of Education and Osaka University, organized the WKC forum “Think Global Agenda with High School Students” at the Kobe Fashion Mart Hall. About 500 students and teachers participated, mainly from high schools in Hyogo prefecture, and shared their views of how we can contribute to achieve Sustainable Development Goals.
 うつ病は、一言で説明するのはたいへん難しい病気ですが、脳のエネルギーが欠乏した状態であり、それによって憂うつな気分やさまざまな意欲(食欲、睡眠欲、性欲など)の低下といった心理的症状が続くだけでなく、さまざまな身体的な自覚症状を伴うことも珍しくありません。つまり、エネルギーの欠乏により、脳というシステム全体のトラブルが生じてしまっている状態と考えることもできます。 私たちには自然治癒力という素晴らしい機能が備わっていて、通常はさまざまな不具合を回復へ導いてくれます。私たちは日常生活の中で、時折憂うつな気分を味わいます。不快な出来事によって食欲が落ちることもあります。しかし、脳のエネルギーが欠乏していなければ、自然治癒力によって、時間の経過とともに元気になるのが通常です。時間の経過とともに改善しない、あるいは悪化する場合には生活への支障が大きくなり、「病気」としてとらえることになります。そのため、仕事・家事・勉強など本来の社会的機能がうまく働かなくなり、また人との交際や趣味など日常生活全般にも支障を来すようになります。

まず一つめの「今を生きる」ですが、森田先生が、しばしば引用されている達磨大師のことば、『前を謀らず後ろを慮らず』という言葉がありますが、これは「今を生きる」ということです。人間死ぬまで、当たり前のことですが、自分の思い通りには生きられません。この当たり前のことを私は傲慢にも自分だけは、自分の描いた理想通りに生きたい、一生懸命に努力さえすれば、それは可能だと考えておりました。たった一度の自分の人生だから、必ず私は自分の夢を手に入れたいと願望していました。言葉を変えれば、完全主義の人生を歩みたいと願っておりました。なんて私は馬鹿なことを考えていたのでしょう。そのために自分の理想ばかりに、とらわれ、もがき苦しんできたのです。将来なんて誰にもわかりませんし、何が起こるかなんて予想出来ません。自分の理想の将来なんてことを考えてばかりいたら、おかしくなるのは当然です。それよりも今、自分のできることに着実に取り組み、また完全主義にとらわれず、70%主義で生きることを心がけております。
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